ものぐさ精神分析/岸田秀

ものぐさ精神分析 (中公文庫)
岸田 秀
中央公論社
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 置いてきぼりを食らったりした話もあったけど、結構全体的には読みやすいし、面白い。唯幻論。

人類はあらゆる形の聖化と縁を切ることができるであろうか。もしできないとすれば、人類には、これまでの過去よりましな未来が待っているとは言えないであろう。 (p.101)

現代では、この育児思想は完全に崩壊したとは言わないまでも、崩壊しかかっている。いいかえれば、子育ての根拠と意味を提供してくれる安定した既存の思想がないのである。しかし、子育ての義務は親にかかっており、それが過重な負担であることには変わりない。おのおのの親は、何のために子を育てるかの問題への答え、子育ての根拠と意味を自分で見出さねばならない。これは、人生は何のために生きるかという問題と同様、他人に答えを見つけてもらうわけにはゆかない問題である。育児書を何十冊読んでもそんなことは書いていない。 (p.192)

未来とは、逆方向に投影された過去、仮装された過去に過ぎない。未来とは、修正されるであろう過去である。過去において満足されなかった欲望は数かぎりなく、悔恨の種は尽きないから、未来は無限でなければならない。未来が限定されること、すなわち死をわれわれが恐れるのは、過去を修正するチャンスが限定されるからである。死刑や死病を宣告された者の絶望とは、悔恨に満ちた過去をついにこのままにとどめざるを得なくなった者の絶望である。 (p.221)

芸術は純粋なナルチシズムの世界である。そこでは、ナルチシズムが公然とその表現を許され、ナルチシズムがナルチシズムであるがゆえにとがめられるということがない。ここに芸術の世界の特異性がある。恋愛の場合にせよ、イデオロギーの場合にせよ、それを支えているナルチシズムは、ナルチシズムであることを隠さねばならず、建前として現実的であることを強要されている。 (p.314)